カブリバ冒険譚 〜パチンコ屋の思い出〜

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罪を憎んで人を憎まずという言葉がある。

元を辿れば、「昔の裁判所では訴訟を取り裁くとき、罪人の動機は憎んだが、人そのものは憎まなかった」と言う孔子の言葉からだそうだ。

この言葉を借りるなら、パチンコ屋が人々にもたらす悲しみや苦しみは憎むべきであるけれども、パチンコ屋自体は憎まれるべきものではない、と言うことが言える。

私は今、エリートサラリーマンとして、そして20代投資家として日々研鑽を積む日々を送っているが、学生時代は紛れもないパチンカスとしての誇り高い日々を送っていた。

当時、喜びも悲しみも、あの場所に確かにあったのだ。

そんな郷愁に浸るには、どうにもあの場所は喧し過ぎてそぐわない。

そんなパチンコ屋を私は未だどうも憎めずにいるのだ。

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パチンコに熱中したことがある人なら共感してくれると思うが、世の中のパチンカーは二種類に分けられる。「持つ者」と「持たざる者」だ。オカルトだと嘲るならばそれでもいい。だが私は数字や計算やデータ上の事実よりも自分の目で見てきた物を信じている。

「持つ者」は319分の1を時短50回で容易に引き戻すし、「持たざる者」は継続80%overを容易に単発で終わらせる。そういうものだ。

そう言う意味で言えば、私は完全に「持たざる者」であったし、いつも共に打っていたパチンコ仲間Aは「持つ者」だった。

そんなこの世の法則が崩れた時、時空は歪み、受け入れ難い現実が訪れる。今回は「持つ者」と「持たざる者」にまつわる私が実際に経験したエピソードを紹介したい。

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秋の東北地方は空がどこまでも高い。国道を行き、海へ近づけば近づく程空気は鋭く澄み、距離以上に遠くへ来たと感じる。私は友人Aのバイクの後部座席に跨り全身に風を感じていた。バイクの二人乗りは気持ちがいい。開放感、疾走感、ちょっとしたジェットコースターのようだから好きだ。

目的地は大きな国道沿いにあるスロット専門店。その店は台や設定より何より、併設されている食堂のカレーが本当に旨い。私の脳内はスロット2割に対しカレーが8割を占めていた。

今日もうまいカレーを食うぞ!

密かに胸を躍らせながら、バイクは軽快に目的地へと向かっていく。

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バイクをひた走らせ約30分、目的地に到着し入店すると、薄暗い店内は多くの客で賑わっていた。我々はまずジャグラーガールズで並び打ちをし、本日の運勢を占う。友人Aはいつも通り早めの初あたりをゲット。一方私は運悪くゴーゴーランプの電球が切れていたようで、朝から300ハマり。だが、これがいつも通り。なーんてことない、普通の、日常。だが、このいつもの日常は、次の台選びで大きく非日常へとシフトチェンジしていく。

ジャグラーガールズで持ちコインを創出した友人Aが選んだ台は「コードギアスR2」。これは友人Aの得意台であり、最高に相性がいい。友人Aとコードギアスは、日本一になった頃の中日ドラゴンズ二遊間アライバコンビくらい相性がいいのだ。一方、私が選んだ台は「化物語(初代)」。私はこの台が好きだが、負けまくっている。10スロでも20スロでも負けまくっている。ピカチュウにとってのゴローニャくらい相性が悪いのだ。

友人Aのコードギアスの挙動は、ボーナスは軽いがARTに入らず、揉んでいる状況。一方の私はと言えば、当然のように500ハマり、一度ARTにぶちこむも即終了、いつも通りの負けパターン。そう思った矢先である。

「おや?」

ART終了後高確ステージから解呪の刻ハズれ、通常に戻るかと思いきや再度即座に解呪の刻突入。そのパターンがもう一度続き、気づいた。これ解呪連や。普段引き弱すぎて滅多に入ることのない解呪連に興奮しつつも、次の解呪の刻で回想を挟み無事ART。倍倍チャンスを絡めながら珍しく出玉を伸ばしていく。チラッと友人Aを見ると、珍しくハマっており、厳しい戦いのようだ。

その後も私は順調にARTを伸ばし、持ちコインは2,000枚を突破。一方友人Aは全く当たらず、グラフはー2,000枚を突破。メンタルをやられたらしく、私の台の様子を見にきた。かなりイライラしているらしく、クリリンをフリーザに殺された時の悟空のようなオーラを放っている。そんな時事件は起きる。

「がちん。」友人Aと私が見守る化物語はリールロックした。

「がちん」2段階。

…。もしや。

ぎゅるるるる。リールが逆回転し始める。

フリーズだ。

いつもなら飛び上がって喜び、ドヤタバコを3本一気に吸っているところだが、友人Aの気持ちを考えると手放しで喜ぶことはできなかった。

友人Aはそのまま出入り口の方へ消えていった。どうやら帰宅したようだ。

私は追いかけたい気持ちはあったものの、メダルが出続ける台を離れることができずそのまま打ち続けた。

1時間後、打ち終えた私はヘルメットを持って外に立ち尽くしていた。

すっかり忘れていた。

私は友人Aのバイクの後ろに乗ってきたんだった。

私は別の友人に急遽助けを求めたものの、誰も捕まらず途方に暮れていた。

とりあえず、併設されている食堂に入ってカレーを食べた。

こんな状況でもカレーは美味しい。

カレーが日本の国民食までいわれるその底力を感じ、私も諦めずに無事に帰宅しなければならない、と決意をかためたのだった。

終わり

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